第7問

 

(物語その1)

 太郎ちゃんが暮らすマンションは平和だった。居住者は皆、穏やかな人たちだったし、田中さんにしても、例の一件以来、太郎ちゃんには親切だった。家の外では、毎週のようにトラブルに巻き込まれる太郎ちゃんであっただけに、自宅の平穏は貴重であった。

 しかし、懸命な読者はすでにご承知のことと思うが、太郎ちゃんの、このささやかな平穏も、突然に害されるときがきたのである。

 「ごめんください。私、不動産流通促進研究所という株式会社の代表取締役をしている人手梨男(ヒトデナシオ)と申します。このたび、当社は、このマンションの所有者であり、大家であった逸母善人(イツモ ヨシト)さんから、このマンションの建物全部及び敷地すべてを購入させていただきました。つきましては、今月分より家賃は私どもの会社の事務所のほうに直接にご持参いただくようお願い申し上げます。名を、当社独自の適性賃料算定システムに基づき試算したところ、現行家賃が安すぎることが明らかとなりましたので、今月より家賃は従来の3倍とさせていただきます。またこの金額にご不満の方は、契約を打ち切りたいといたしますので、今月中に退去ください。」

 と、たずねてくるなり、一方的に話をして、そして、呆気に取られている太郎ちゃんに質問するひまを与えずに帰ってしまった。玄関を出たところで着ていた黒の背広の裾が、おりからの春風に翻り、裏地が見えた。それは真っ赤な裏地であり、その上金の糸で竜の図柄が刺繍されていた。黒のダブルのスーツに、真っ赤な裏地、そのうえ金の龍の図柄の刺繍、人出梨男氏がどのような職業を行っているのか、もはや説明の必要もないであろう。そう、彼は……、彼は……不動産流通促進研究所の代表取締役であるのだ。

 太郎ちゃんが呆然としてドアを閉めることも忘れていたところへ、田中さんが、体をねじ込むようにして入ってきた。田中さんの部屋にはすでに午前中に人出氏が挨拶に来たとのことである。田中さんは、大家さんだった逸母善人さんのところへ事実関係を確認に行ったとのことだったが、逸母さんは多くを語らず、人出梨男氏の言うとおりにしてくれと繰り返すばかりだったそうだ。そこで、さらに田中さんは、管轄の法務局へ行き、このマンションの建物及び土地の登記簿を閲覧したそうだが、所有名義は未だ逸母さんの名前のままだったとのことである。ただ、株式会社不動産流通促進研究所の名前の抵当権が設定されていたので、どうやら逸母さんは、借金のかたにこのマンションを取られてしまったのだろうということで二人の意見は一致した。

 しかし、太郎ちゃんも田中さんも新しい大家さんである人出さんの会社には家賃を持参したくはなかった。だって、だって、人でさんの会社は……不動産流通促進研究所なんだから。

(問題その1)

 太郎ちゃんは、この時点で家賃を新しい大家さんである不動産流通促進研究所に持参しなければならないか。太郎ちゃんとしては払いたくない。

 

(物語その2)

 それから、しばらくして太郎ちゃんは、今度は更似悪代(サラニアクヨ)さんという女性の訪問を受けた。この人の話によれば、更似悪代さんは不動産流通促進研究所から、このマンションの土地建物を買い受け、移転登記も終了したとのことであった。その場で登記簿謄本も見せられたが確かに登記名義は更似さんのものとなっていた。ただ、登記簿をよく見ると更似悪代さんは前所有者の逸母善人さんから直接に売買により買い受けたことになっていた。太郎ちゃんは勇気を出して、あなたは不動産流通促進研究所から、このマンションを購入したといったが、登記簿上の表示はそうはなっていないと質問してみた。

 「それがどうしたって言うのよ!あたしが誰から取得しようとあたしの勝手でしょ!!登記簿上、現在の所有者が、あたしになっているんだから文句あんの!!!あんた、言いがかりをつけるのもたいがいにしなさいよ!」

 更似さんも、これ以上、太郎ちゃんに質問する余裕を与えずに、ドアをたたきつけるように閉めて去っていってしまった。後には、閉められたドアを見つめて呆然と立ち尽くす太郎ちゃんが、一人取り残されていた。

 田中さんが驚くべき情報を持って部屋に来た。田中さんは表で人出梨男氏と更似悪代さんとが口論しているのを立ち聞きしてしまったというのである。それによると、更似さんは確かに人出さんの会社から、このマンションを購入したらしいが、約定の売買代金の一部を払っていないのだそうだ。当事者間の約束では代金全額の支払いが済んだところで土地建物の登記名義を更似さんに移転することになっていたが、それを更似さんが勝手に逸母さんから必要な書類を取り上げて直接に逸母さんから更似さんへの移転登記手続を行ってしまったとのことだった。人出さんの怒り方は普通ではなかったが、更似さんのほうも、負けてはいなったとのことだった。

 太郎ちゃんは、真剣にこのマンションを引っ越そうかと考え始めていた。人間には勇気が必要だ。しかし、勇気とは結果も考えずに突き進むことではない。恐怖を恐怖として感じることも大切なのだ……。

 そして、恐怖は再び現実になった。更似さんが、怒りもおさまらないままに賃借人である太郎ちゃんの部屋に引き返してきたのである。

 「さっき、言い忘れたけど、今月分の家賃から、あたしのところへ持参しなさいよ!人出梨男のところにでも届けようものなら、二度と足腰が立たないようにするからね!!」

 

 

(問題その2)

 太郎ちゃんは、今度は更似悪代さんに家賃を持参しなければならないか。



Copyright(c)1999 J.Takasu All rights reserved.

Edited by T.Satoh