第9問

 

(物語)

 森を出た太郎ちゃんは、とある温泉のひなびた旅館に宿泊していた。旅の疲れを癒す至福のひとときでだった。身体の疲れが回復してくると、気持ちのほうも不思議と元気が出てくるものだ。太郎ちゃんは、持ち前の陽気さを(今までそのような説明は一切、してこなかったが)、取り戻しつつあった。今なら、どんな試練がおきても大丈夫だ。たとえ、由緒ある信玄公の旗掛松が枯れたと主張する人間が現れても、あるいは、自分の土地の中を温泉官が入っているいるとい主張して法外な値段で土地の買い取りを要求するとんでもない奴が出てきても、私が何とかしてみましょう。私の通る道は試練の道なのだから・・・・・・などと勝手な自己満足に溺れる太郎ちゃんであった。太郎ちゃんは、露天風呂に入りながら、身を乗り出して垣根越しに宿の下を流れる渓流に視線を投げかけた。すると、大きな桃が、ゆっくりと流れてくるではないか・・・・・・。太郎ちゃんは我目を疑い、驚きのあまり、その場で転倒して気絶してしまった。

 気がつくと太郎ちゃんは布団の上に寝かされていた。「気が付かれましたか。」とやさしい声が聞こえた。太郎ちゃんは、しばらくの間、事情が飲み込めなかったが、手短な会話によって、この女性が女将であり、自分が露天風呂で倒れているところを旅館の従業員が見つけて部屋に運び入れてくれたこと、その後この女将が付き添っていてくれたことが分かった。気絶した理由を太郎ちゃんは話さなかった。まさか桃を見ましたなどとは言えないと思った。話したところで信じてくれないと思ったのだ。このとき、このひなびた温泉郷の青年会有志が、村おこしのために第一回桃太郎の郷祭りを計画していたこと、準備中に、アトラクション用に作った桃の形のゴム・ボートを誤って流してしまったことなど知る由もなかったからである。

 女将は理由を聞かなかった。若いとはいえ旅館の女将である、客の話したくないことを敢えて聞く必要などはないことを十分に承知していたのである。ただ、太郎ちゃんが気絶しているとき、うわごとで話した言葉がお紙には気になって仕方がなかった。そこで誘惑に負けて質問してしまった。

 「あなたが寝ていらしたときに、うわごとで信玄公の樅だか松だか、そのようなことを繰り返して話していましたが、何か大切なものなのですか。」

 太郎ちゃんは、とっさに適当な言い訳を考えようとした。しかし、丁度よい言い訳が思い付かなかった。今度、製品化される新しいインスタント味噌の名前ですというのが、唯一、思いついた言い訳だったが幸い口には出さなかった。仕方がないので、太郎ちゃんは自分が法政大学法学部の学生であること、今まで数々の災難をくぐり抜けてきたこと、それと同じくらいに人の相談に親身なってのってきたことを話した。

 女将は、太郎ちゃんの真剣な話し方が気にいった。そこで、この人に現在の危機について相談するとことした。

 「実は、・・・・・・」と女将が話し始めた。

 「実は、私が経営しているこの旅館の建物は私名義なのですが、敷地の方は名義が違うのです。この土地の名義は本家にあたる親戚の山岸和夫さんの名義なのです。この土地は私の父が、山岸和夫さんから、約30年前にただで使ってよいと言われ借り受けたものなのです。父は、この土地を材料置き場にしていたようですが、今から22年前になくなりました。当時、私は東京で働いていたのですが、父も亡くなり、母もその前に死亡していたもので、幼い弟たちの面倒もみなくてはならなかったこともあって、郷里へ戻り、この材木置き場にしていた場所に旅館を建築して開業したのです。当時、父と弟たちが住んでいた家屋敷を処分して建築資金の一部とし、残りは全て銀行から借金したのです。なお、遺産相続については、そのような事情でしたので遺産は全て私が承継することとし、その代わり弟たちを一人前にするためなら、どんな苦労もいとわないことを親戚一同、無論、本家の山岸和夫さんにも誓ったのです。

 こうして、苦しいながらも旅館経営で何とか食べてゆくことができ、弟たちも成人して、今はそれぞれ所帯をもって生活しております。やっと、私も肩の荷がおりて、これから少しは楽ができるのではないかと思っていたときに、本家から大変な要求を出されることになったのです。本家の山岸和夫さんは昨年、病気で死亡し、息子の幸平さんが後を継いだのです。そうしたところ、今年なって、幸平さんから、私の旅館が立っているこの敷地は山岸和夫さんの所有物であり、今は相続により自分のものになった。この敷地を贈与した覚えはないので、すぐに旅館を取り壊して出て行けと言うのです。どうも、幸平さんのところには東京の観光会社が出入りしていて、この敷地が観光ホテルを建築するのに丁度よい立地条件らしいのです。そののために、なんとか私たちを追い出そうとしているらしいのです。

 しかし、私としましても苦労して経営してきたこの旅館を取り壊して、別なとこに行くことは納得が行きません。確かに父の代にはこの土地は借りていたのかもしれませんが、私は旅館を建てるときに、山岸和夫さんや他の親戚の前で、この土地で死ぬまで頑張りますからと誓約して、この土地を自由に使うことを認めてもらったのです。ですから、いまさら、俺のだから出て行けといわれても従うわけにはいかないのです。

 何とかしたいと思っていますが、何かよい方法はありませんか。」

 太郎ちゃんは、本気だった。これを解決できなければ日本にもはや正義はないと思った。太郎ちゃんの背中に唐獅子牡丹が浮かび上がった。

 

(問題)

 女将は旅館の敷地の権利を確保することができるか。仮に、山岸幸平氏が敷地の登記名義を東京の観光会社に移転してしまったらどうなるか?



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Edited by T.Satoh