第11問

 

(物語)

 けれど、恋は盲目だから恋人たちは自らが犯したどんな愚かな過ちも決して気づきはしない。シェイクスピアの言い回しを引用するまでもない。太郎ちゃんは、このとき自分だけは特別だと感じていた。そう、太郎ちゃんも例外ではなかったのだ。

 その人は、可憐だった。この東京で、たった一人で暮らしていた。誰にも頼らず、懸命に生きていた。その人には、そうしなければならない事情があった。彼女にとって運命は無常であった。けれど、彼女は運命に立ち向かっていた。それもたった一人で立ち向かっていた。太郎ちゃんには、そう思えた。このとき、太郎ちゃんは入学式当日、喫茶「軽い心」で知り合った女性のことをようやく思い出とすることができた。それは、また、新たな恋心の始まりでもあった。

 太郎ちゃんは、自分の眼の前に突然と現れたこの女性のことを、最初から好きになった。飯田橋駅前の交差点ではじめて彼女とであったときの印象が一生、忘れられないものとなた。彼女のことをまだ何も知らなかったが、それでも、太郎ちゃんは、かまわなかった。

 「まさか、あんなところで、念仏のように法律の条文を唱えている人がいるとは思わなかったわ。」

 いうまでもない、太郎ちゃんのことである。

 「こっちこそ、天下の公道で建築図面を広げている女の人なんて、見たことがないよ。」

 太郎ちゃんは、楽しそうに切り返した。靖国通り面した『イタリアン・トマト』の店内で二人は楽しかった。彼女は、建築事務所に勤務する女性だった。将来は一級建築士になることを夢見ていた。そのために勉強を続けていた。仕事は過酷だった。彼女がしていることは、結局のところ、設計を依頼してくるお客さんの希望を把握して、万事がうまく行くように努力し、契約を取り付けることであった。気骨の折れる仕事であった。また、さまざまな知識や判断力が要求される仕事であった。それでも彼女は負けなかった。毎日が緊張の連続であったが、仕事がうまくいったときには、それなりに満足感もあった。しかし、時には安らぎがほしいときもあった。そんなときに念仏のように法律の条文を唱えている太郎ちゃんを飯田橋駅前の交差点で見かけたのである。そのとき、手元で広げていた建築図面が風で飛ばされなかったら、そして、その図面が法政大学の『ボアソナード タワー』に関するものでなかったら、太郎ちゃんとの出会いはなかったかもしれない。彼女も、今回のことは特別に思えた。彼女は仕事の話を他人にするのは嫌いだった。特に弱音をはくのは嫌いだった。しかし、特別な出・ ・「なのだから、太郎ちゃんにだけはかまわないと思った。別に太郎ちゃんが何かしてくれることを期待していたわけではなかった。

 「今、私が担当していたお客さんの件で困っているの。このお客さんは横浜の方の地主さんで、うちの建築事務所の設計で賃貸用のマンションを建築したの。その際、建築資金を捻出するために、銀行から2億円の抵当権を設定したわ。ところが、現在、地主さんと銀行との間でトラブルが生じているのよ。つまり、抵当権を設定した後に、地主さんはこのマンションの敷地に立派な石のオブジェを置いたの。それはそれは立派なもので、運び出すには小型のクレーンが必要になるようなものね。地主さんは、これを近くにある自分の自宅に移設しようとしたの。そしたら、銀行はこれについても抵当権の効力が及んでいると主張し、地主さんの勝手にはさせないと言っているのよ。地主さんは、そんな馬鹿な話はあるかというわけ。銀行との間で抵当権を設定したときには、まだ、この石のオブジェは敷地内に設置していなかったというのよね。私としても、地主さんを応援してあげたいのだけれど、今までこのようなことを聞いたことがないものだから、よく分からなくてね。」

 太郎ちゃんにも、よくは分からなかった。ただ、石のオブジェであれば、石灯籠と同じに考えてよさそうに思えた。石灯籠あれば、いつか、どこかで勉強したことがあるような気がした。

 

(問題)

 太郎ちゃんは、地主の立場に立って石のオブジェに抵当権の効力が及んでいないと主張することは可能か。この石のオブジェが石灯籠と性質的には同様のものであるとして検討してください。

 次に、地主がこの石のオブジェを実際に近所の自宅敷地内に移設してしまった場合には、どのような法律状態となるか、検討してください。



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Edited by T.Satoh